蟻の街のマリア

2024年04月02日 10:00

6年ほど前かなぁ、東京のカトリック潮見教会を訪れました。「蟻の街のマリア」と呼ばれた北原怜子(さとこ)が働いていた蟻の街にあった十字架を見るために。今、その十字架は、カトリック潮見教会の玄関に保存されてあります。
初めは彼女を白い目で見ていた浅草のヤクザなオヤジ達も、彼女の言葉ではなく、行いをみて、イエスキリストを信じてキリスト者になって行きました。


【興味ある方は下記もお読みください。私の思いです】 
戦後、貧しい地域で、子ども達のために献身的に奉仕し「蟻の街のマリア」と呼ばれ、カトリックの尊者でもある、北原玲子(さとこ)。
彼女は、とてもおもしろい(あっ、失礼)女性だと思います。本当にお嬢様育ちで外見もお嬢様。しかし中身は…笑
気が立つと蟻の街の子どもたちと、本気で喧嘩していた女性。子どもたちの悪さにいじけて3時間も、草むらに隠れていた女性。ドラム缶のお風呂場で、子ども達が騒いで言うことを聞かない時、しゃくにさわって皆にホースで水をぶっかけていた女性。しかし、これぞと思ったら、回りの目も気にせず突進して行った女性。
また、彼女は、「…しかし、これは私のほんとうの気持ちではなく、意地悪が少し、いいえ全部を占めていたのです。同じ仕事をひとりでやりとげたい、結局私ひとりだけが褒めてもらいたい、2人でやることになると、何か競争しているような、気がいらいらしてどうにも止めようがなくなる癖があります。その時も丁度その癖が、私の頭の中に持ち上がってきました。私のこの闘いはいつまで続くのでしょう!…」等も手紙に書いています。純情ヤンキー娘なのですね。
でも、蟻の街の子ども達は、そんな彼女に癒され、励まされて行きました。
しかし後に、蟻の街での働きが社会から関心をもたれ、「蟻の街のマリア」と賞賛され始めた時。彼女は、それに反発しつつも、心の中でひそかに喜びを感じている自分を見て、葛藤します。
そして、なんと自分のことが書かれた新聞や雑誌の切抜き、それまでの自分の記録を全て焼き捨て、静かに蟻の街を去るのです。
その姿を見て、それまで玲子といろいろと対立したりもしていた蟻の街の責任者の松居もカトリックに入信して行く…
彼女は、私が生まれた翌月1958年1月、28歳で、天国に上って行かれました。

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